長くてコワイ地下鉄(2日目・プラハ)
| 今日の夕食は「ウ・フレクー」(U FLEKU)というピヴニッツェに行くことにする。創業はなんと1499年。プラハで最も古いピヴニッツェらしい。170年間同じ製法を守って醸造している黒ビールが自慢のようだ。 そこで、初めてプラハの地下鉄に乗ることになるが、改札へと向かうエスカレーターはやたら速く、しかも深い。(おそらく)日本の3倍ぐらいの速度の上に、南北線や都営大江戸線など、東京で最も深い場所に位置する地下鉄より、さらに2倍ほど深そうだ。
もしも、足を踏み外そうものなら、よくて重症、打ち所が悪ければ死にそうである。そんな場所でカップルが、男女向かい合って、男側は進行方向に背を向けて乗っていた。見ている方が怖い。(苦笑) 「こんなエスカレーターでは、お年寄りや障害者は困るだろうな。」と思っていたら、翌日ごくごく普通に乗っているのを見かける。まあ…これが当たり前と思っていたら、何の疑問も抱かないのかもしれないが。(ハンガリーに渡航した人よると、ブダペストの地下鉄も同じらしく、旧社会主義国はみなそうなのか?と思ってしまう。)
しかし、プラハの地下鉄の不便さはこれだけではない。目指す店は駅からすこし歩いたところにあるが、地下鉄の出口に、行き先が表示されていない。出たとこ勝負で、適当に行くしかないのである。 …という2つの欠点は、この国がまだ新興国であることを感じさせる。(ちなみに、この怖いエスカレーターや、各車両の入り口付近。特に観光やショッピングの中心となるムーステック(Mustek)駅は、スリの被害が多発しているらしいので要注意である。)
駅から歩くこと7、8分ぐらい?入り口の時計が目印。ものすごく流行っている店らしく、非常に混んでいるが、収容人数もかなり多い。7つのビアホールがあり、1000人以上を収容できる。(予約が望ましいとあるが、予約しなくても十分入れそうである。) そこで、ソーセージやハム、ギリシャ風サラダを注文する。サラダは、ギリシャではで〜んと鎮座しているフェタチーズが細かく砕かれていた。(このチーズは塩気が強いので、チェコ風の方が食べやすいと思う。) さらに、デザートにはチーズケーキ。ホイップとキャラメルソースが添えてあり、味はまずます。ビールは、なくなるとすぐに持ってくるし、すごくお腹いっぱいになる。料金は、昨日の店よりやや高めではあるものの、やはりピヴニッツェ。プラハ中心地のレストランよりかなり安い。
しかし、あまりにも混みすぎている店も考えものだ。アコーディオンの生演奏あり、国際交流で盛り上がっているテーブルもあるが、昨日の店の方が落ち着けてよかった。だがそれより、この店の印象をイマイチにしている一番の原因は、夫婦らしいカップルと相席であること。 「テーブルが狭くて食べにくい。」ということ以上に、目の前のカップルは、完全に自分たちの世界に入り込んで、ヒマさえあればキスしている。(目のやり場に困る。)TPOを知らんのか?しかも、とうに食べ終わって、うだうだといるだけ。いい加減にしろよなっっ!!(怒)
帰りがけ、近くの雑貨屋のような店で水を買うが1本15コルナ。(約80円)繁華街から離れているせいかもしれないが、プラハに来て最安値である。しかし「地下鉄の出口に行き先案内がない。」と言うことが、再び障害となる。 ホテルまでは「地下鉄で2駅・最寄りのナームンニェスティ・レプブリキ(Namesti Republiky)駅から徒歩3分」という近距離に係らず、地下鉄の出口を間違えたのか?ずいぶんてこずってしまう。 しかも今日はいまいち体調が悪く、シャワーを浴びてすぐに寝ることにした。本日の旅行記は、後日に後回しである。 |
プラハ城はぼったくりか?(3日目・プラハ・最終日〜チェスキー・クルムロフ)
![]() 旅行中の私は、いつも早寝早起き。朝6時40分頃に目が覚め、7時30分頃までごろごろしていた。昨日はいまいちだった体調も、今日はまあ普通か? 午前8時となり、レストランに行くと、意外と混んでいる。しかも昨日より日本人が多いせいか?ハナマルキのインスタント味噌汁がすでに用意されていた。 そんなに飲む気はなかったけど、とりあえず1袋もらう。輸入品のようなので高そうである。でも、お湯がないと飲めないのでは…?(やっぱり何か誤解されてるかも?苦笑) さらに、みのむちくんはのびたうどんに挑戦する。分かりやすく言うと、「完成されたつゆの少ないうどん。放置しっぱなし」。その味は「まさにのびたうどん。でも、だしはまあまあ。」らしい。だが総評すると、ここの朝バフェはなかなかおいしいと思う。 午前9時過ぎ、部屋を片付けてチェックアウトする。「荷物を預かってほしい。」と言うと、一昨日会ったポーターのおっさんに「タクシーが必要ですか?」と聞かれる。「Yes.」と答えて、「でも、私達が戻ってくるのは午後2時で、その後バスターミナルに行く。」と言ったら、いまいち通じない。それで、バスターミナルの名称「ナ・クニジェツィ(Na Knizeci)」と言うとやっと通じた。 それにしても……「2時にタクシーを呼んでおきます。」というのか??ホント〜〜??半信半疑でホテルを出て、昨日入れなかったプラハ城へ向かう。 今日は地下鉄とトラムを乗り継いで行くので、26コルナ(約138円)の乗車券を往復分2枚購入する。これは、地下鉄・トラム・バスを75分間自由に乗り換えられるというもの。 他にも18コルナ券もあるが、有効時間が乗車から20分間しかない。さらに24時間券100コルナ(約530円)、3日券330コルナ(約1750円)、5日券500コルナ(約2650円)とあるが、朝からガシガシ移動しても、元がとれるか?微妙なところである。 そしてこの乗車券は、プラハ市内の交通機関全て共通となっている。キップ売り場、キオスク、自動券売機などで買えるが、これが意外に見つからない。しかも車内では買えないので、見かけた時にまとめ買いする方がよいのだ。 さらに余談だが、プラハにも「プラハカード(Prague Card)」と言うものがある。ネットで調べると「大人560コルナ(約2970円)、学生460コルナ(約2440円)。3日間全ての交通機関と、指定の観光スポットや博物館などが無料になる。(2004年)」とあったが、公式サイトを見ると、どうも内容が変わっている。現在は4日間有効で34ユーロ(約4692円・1ユーロ138円換算)の上、交通機関は別料金。あまりお得感を感じなかった。 さて、また恐ろしく速いエスカレーターに乗ったところで、自動改札機に切符を通すのを忘れたことに気付く。「自動改札」と言っても、日本ほどハイテクではなく、改札のところにある備え付けの機械のこと。ここで日付けの刻印を入れないと、無効とみなされ、罰金対象になる。 今日は、乗り換えも含めて乗車時間が結構長いので、改札まで戻ることにする。おそらく検札はこないだろうが、(見るものによって違うので、正確な金額がいまいち分からないが、)罰金がかなり高いことは確かである。(あるサイトでは「乗車券のチェックは、抜き打ちで顕著に行われている。検札官は私服で、数人のグループ。乗客にバッジを提示して、乗車券の提示を求めてくる。」とあったので、やはり注意した方がいいだろう。)
さて、地下鉄B号線のナームンニェスティ・レプブリキ(Namesti Republiky)駅よりマロストランスカー駅(Malostranska)を出て、トラムに乗り換える。トラムの車内では随時、「今度停車する駅」とその先が路線ごと表示されているので、大変わかりやすい。プラハの3つの交通機関の中では、一番利用しやすいように感じた。(たまたま新しい車両を使用してるだけだったりして。)
そして、プラハ城までは、観光客らしき人たちと同じ方向を目指す。(有名な観光スポットではありがちな行動。笑)プラハ城の入場券は、入場できる区分によって料金が違う。350コルナ(約1855円)と250コルナ(約1325円)があるが、今日はなぜか、250コルナの入場券しか売らないらしい。城内に入ると、チェコテレビの中継車が来ているし、やはり今日は、何かあるのだろうか…?(ローマ法王が来訪していたため、警備のために、あちこち制限していたと思われる。)
それはさておき、城内に入ってすぐの場所にあるのが聖ヴィート大聖堂。923年に建てられたゴシック形式の教会で、よく考えたら城内に教会があるなんて珍しい。しかし、12時からしか開かず後回しにする。さらにプラハ城ギャラリーに入ると、みのむちくんが「これ全部宗教画だよ。だって、赤ちゃんに羽がはえてるもん。」という。(それは天使だ。苦笑)
さらに進んだところには「黄金の小路」がある。ここは16世紀にできた通りで、城内に仕える召使いなどが住んでいたらしい。現在は1階が土産物屋、2階が延々と細長く続く博物館って感じか?みのむちくんは1階の店で、ボヘミアガラスのつめやすりを買う。少々高いがハンドメイドのデザインで、他では売ってなさそうである。 だがなぜ「黄金」なのか?観光客が土産物屋で、お金を使うからか?なんて、バカなことを考えてしまった。(笑)どうやら、錬金術師が住みついたのが、名前の由来となったらしいが、ハプスブルク家のルドルフ2世が、錬金術師に不老不死の秘薬を作らせたという説と、金箔職人が住んでいたという説もある。 ちなみに22番地には「フランツ・カフカが1916年から17年にかけて住んでいた家」があるらしいが、これまた見事にスルーしている。(苦笑)
それにしても…、プラハ城内はとにかく人が多すぎで、なかなか前には進めない。入れるはずの聖イジー修道院は入れず、聖ヴィート大聖堂に戻ると、恐ろしいほど人が並んでいる。だが、遅くともあと1時間後にはここを出て、ホテルに戻らなければいけない。それと、余計に入場料100コルナ(約530円)も払うのがバカらしくなったのでやめることにする。 ちなみにプラハ城内は、外観の撮影はOKでも、中は撮影禁止と言うところが多い。こんな言い方をしてはなんだが、「ぼったくり城」って感じである。
さてプラハでの滞在も残りわずか。ホテル近くにある「火薬塔からの景色が絶景」とあるので、そちらに向かう。トラムを乗り継ぎ、30分ほどで到着する。
火薬塔と言う名称は、「1757年ロシアとの戦いで火薬庫として使用されたから。」という安易なネーミング。ちなみに昨日の「カレル橋からプラハ城まで」と言う観光ルートは、歴代の皇帝の戴冠式のパレードに使用されたもの。「王の道」と呼ばれており、火薬塔はその出発点らしい。この65メートルもある塔の階段を登っていくのは、恐ろしく大変だが、確かに絶景である。
さらにまだ少し時間があるので、土産物屋にちょっと寄ったが、やはりこんな短期間ではあまり買う気にはなれない。 14時ジャストにホテルに戻ると、ポーターとジャケットを着た男性が待ち構えていて、「2時にタクシー。(行き先は)ナ・クニジェツィバスターミナルですね。」という。 お〜!ちゃんと覚えているとは……。これが五つ星ホテルのサービスか?
しかし、タクシーが来ている雰囲気はないので、ホテルのトイレに行く。だがその間、みのむちくんはホテルの人に「どのバスに乗るんだ?どこに行くんだ?バウチャーを見せろ。」だの色々言われ、一人で大変だったらしい。(笑) 余談だが「チェコのタクシー運転手はチェコ語しか理解しない。」と聞いていたので、一応、行き先「ナ・クニジェツィ(Na Knizeci)」を書いたメモを持ってきた。「バゲージタグと間違えて(ホテルの人に)渡したらだめだよ。」と言ったが、渡しても間違いではないかもしれない。行き先を正確に理解してもらえるだろう。(笑)
ホテルの外にでると、停車しているのは普通の乗用車。しかも、ぴかぴかのメルセデスベンツ。これはホテルの送迎か?!それとも白タクか?!よく分からないまま、バスターミナルに向かうことになる。 その道中、運転手は「あれはフランツ・カフカの生家だ。」とか、市内の観光スポットを簡単に説明してくれる。20分ぐらいしたところで、ナ・クニジェツィバスターミナルに到着。あの黄色のバスがきっとチェスキー・クルムロフ行きだろう。そして、車から降りると「530コルナ(約2810円)」と言われる。 あ〜そういうオチかい。。(苦笑) しかも、これが高いのか?安いのか?よくわからない。5ツ星ホテルが、ぼったくりの白タクを呼ぶとは思えないが、プラハではメーター制のタクシーに乗らなかったので、なんとも比較のしようがない。 しかし、「日本人はよくフローレンツバスターミナル(Florenc)を利用する。」と言う理由がよくわかった。なぜならこのナ・クニジェツィバスターミナルは結構郊外で、周りは何もないからだ。(もし、前日にチケットを買う場合は、どこで買うのだろう。)
バスの出発時刻は午後3時。出発の10分ほど前、車掌らしき男性が来て、乗客リストでチェックし、乗車が始まる。(荷物はバスの下部に入れることができ、スーツケースも置ける十分なスペースがある。)全席指定で、革張りの座席はなんだか国内線の機内のよう。思わず「発車するまでパソコンをやってらいけないのかな?」とか思ってしまう。(笑) 調べたところによると、チェスキー・クルムロフへは、この「スチューデント・エージェンシー(Student Agency)」のバスが一番きれいで、料金も安いらしい。ちなみに、ロンドンまでも950コルナ(約5035円)で行けるらしいので格安バス会社である。しかも音楽と飲み物のサービスがあり、お茶を頼むと、はちみつとしょうが混じったような不思議な味がした。 ところで、まだ昨日の旅行記を全く書いていない。パソコンを取り出して書こうとしたが、バスは不向きな乗り物だ。あまりに揺れ、気持ち悪くなりそうなのであきらめた。チェスキー・クルムロフまでの道のりは3時間と意外に長い。
さて、プラハ郊外から1時間もしないうちに「ここは北海道のど真ん中か?」と思うようなえらい田舎へと車窓の景色は変わる。さらに延々、ぶどう畑か草原しかない場所や、まばらにしか家が建ってない道をバスはひたすら走り続ける。 ![]() 途中の停車駅であるチェスケー・ブジェヨヴィツェ(Ceske Budejovice)はかなり都会化しているが、それでも田舎の都市。余談だが、「ブディヨビッツ」は、ドイツでは「ブドヴァイス(Budwais)」。英語発音にすると「バドワイザー」。 古くからビール醸造の長い歴史を持ち、ビールの「バドワイザー」はこの街の名にちなんでつけられたらしい。(そのチェコの2ブランドと、全く無関係のアメリカのバドワイザーが、商標権をめぐって色々揉めているらしい…という話は、ここで下車していないので割愛する。) そこからまた再び、「北海道かなぁ?」というような景色が続き、かわいらしい家々が建ち並び始めた頃、チェスキー・クルムロフに到着する。特に渋滞もなく、ほぼ定刻通りどおりの午後6時。反対車線がちょっと混みだしているあたり、金曜日の夜からでかけた人が、日曜日の今日帰るのだろうか? |