あなたはスペイン人?…まさか!!(初日・ヒューストン)

「アメリカ便は眠れない。」と思っていたのだけど、いつの間にかうつらうつらしていたらしい。
パッと目を覚ますと、軽食を配りに来ていた客室乗務員に「食べる?」と聞かれ、「Yes.」と答えたら、「ハンバーガーとアイスクリームよ♪♪(まさにこんな口調)」と言われる。出たっ!アメリカのハンバーガーは、そのままではとても食えたシロモノではない。ケチャップで食べるものである。

軽食を食べたせいか、ちょっと目が覚めてしばらく起きていると、ふらふらと東洋人の男性が通路を歩いている。「酔っぱらいか?飲み過ぎか?」と思ったら、いきなり壁にぶつかって倒れた!思わず隣に座っていた東洋人の女性と顔を見合わせてしまったが、エコノミー症候群だろうか?その後、客室乗務員がトイレに連れて行き、何とか回復したようだ。

夜食のハンバーガーとアイスクリーム とてもおいしそうに見えない朝食

  朝食は、ラザニアかオムレツの選択だが、これまたまずいことに変わりはない。そして、ヒューストンが近づいてくる頃、乗客に入国カードが配られる。税関申告書は一家族に1枚だが、今回は私ひとりなので、全部自分で書かないといけない。アメリカは、日本からの便では日本語のカードを配られるが、それでも意外に大変だ。

到着を目前にして、隣の女性が話しかけてきた。(こういうタイミングで話しかけるところが、アジア系ならではの気遣いか?)その人は台湾人で、日本にも何度も来ているという。目的地はヒューストンで、観光で1週間滞在するらしい。日本も京都・大阪・神戸に来たことがあるらしい。「台湾?食べ物がおいしくていいですよね!」と、褒めるところのある国はホッとする。(笑)

しかし10時間以上のフライトも、意外にひとりでも時間がつぶせるものだと思った。(その後「ひとり旅はよく話しかけられる。」と言うことを実感する。)

ヒューストン国際空港 ヒューストン国際空港には定刻通りに到着。ここから時間との戦いとなってくるが、アメリカは入国する乗客もトランジット客も、等しく入国審査を受けなければいけない。

ヒューストンのイミグレは多くのブースがあり、係員が指示する場所へ並ぶ。(しかし、一昔前まで外国人専用のブースは「alien」。さらに最近は「Foreigner」となっていたのが、「Visitor」になったのは、アメリカのホスピタリティの前進か?)

ちなみに私の搭乗券には、トランジットを表す「T」というグリーンのシールが貼られている。

そのせいか?「トランジットですか?」と、同じく入国審査を待っているイギリス人の男女に話しかけられる。「ロンドンに来たことがありますか?」と言われたので、「20年前に行ったことがある。」と答えた。彼らはコロンビアに向かうらしい。

しかし私が「エクアドルに行く。」というと、「Are you Espana?」(あなたはスペイン人ですか?)と言われた。
「JAPAN」って書いたパスポートを手に持ってるのに、なんで?!(苦笑)
スペイン語は5つぐらいの単語しか分からず、ヘタしたら挨拶だって怪しいのに?

大体、エクアドルより危険だと思われるコロンビアに向かう人達に、「Ecuador?!」と驚かれたくない。「妹に会いに行くのだ。妹がエクアドルのキトに住んでいるから。」というと納得したが。

ところでニューヨークテロ以降、年々厳しくなっていくアメリカの入国審査だが、相変わらず日本人にはゆるい。冗談言って笑ってるえらく和やかな雰囲気のブースもある。そして私も、特別何も聞かれることもなく、事務的に通過し、空港内をずんずんと歩いていく。

荷物受取所では何も受け取ることもなく、税関で「Transit?」と聞かれて、「Yes.」と言うと、税関申告書と入国カードを引き取られる。さらにどんどん進んでいくと、再び空港ターミナルへと入る。(ここまで、ちょっとでも迷ってるそぶりを見せると、すかさず係員が説明してくれるので、何も心配ない。)しかし、相変わらずセキュリティチェックは厳しい。

入国手続きを終えて、再び出発ロビーに戻ってきたのは、到着から40分後の14時30分。キト行きの搭乗開始まではまだ1時間もあるが、重い荷物を持っての移動は、なかなかに体力を消耗する。(出発時、リチウムバッテリーも手荷物となったのが元凶だ!)

ヒューストン空港にて、コンチネンタル航空 搭乗ゲート

ヒューストン国際空港は、正式名称「ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル・ヒューストン国際空港(George Bush Intercontinental Airport)」と言い、1997年にブッシュパパ(ジョージ・H・W・ブッシュ)の名に変更されたようだ。(空港内に銅像と写真パネルの展示されているらしいが発見できず。)コンチネンタル航空のハブ空港でもあり、全米で9番目、世界で14番目の旅客扱い高を誇るらしいが、ニューヨークのニューアーク国際空港より田舎の雰囲気だ。

空港内の通路にある座席に座って、時計をローカルタイムに合わせる。電波時計なのでやり方を覚えておらず、プリントアウトしてきた説明書を取り出し、しばし時間が経過する。それにしても、到着直前にも機内食を食べたので、いまいちお腹は空いていない。キト行きの搭乗を待つ人々

カフェでお茶でも飲もうかなと思ったが、重い荷物のせいと、アメリカの食べ物の匂いでめんどくさくなり、ミネラルウォーターを1本買うだけに至る。(1.78ドルとほぼ日本並みの値段)

そして、搭乗ゲート近くのイスに座り、搭乗を待つことにした。キト行きを待つ人々の中に自分もとけ込んで、何ら違和感なく感じるのはちょっと不思議だ。

空港内には、英語と同時に絶えずスペイン語でのアナウンスも流れている。ヒューストンもまた、マイアミと同じく、アメリカでありながらスペイン語圏なのか?(ヒューストンは、人種・民族の多様性に富んだ都市だが、3人に1人はヒスパニック系らしい。)かなりスペイン語が通じそうだが、私には「キト」と「エクアドル」という単語しか分からない。

搭乗ゲートでしばらく待っていると、乗客がカウンターに並びだした。きっと出国のために、アメリカの入国カードの半券を渡すのだろう。私も「並ぼうかな?」と思ったが、「何らかインフォメーションがあるはずだ。」と思い、とりあえず座って待つことにする。(案の定、カウンターでの受付は出国手続きだった。)

キト行きの機内は、ヒューストンまでの便より古いようで、個別モニターもなく、通路をはさんで3列・3列と小さい。私の座席はまた通路側だが、隣2席は誰も来ない。やった!!ひとりで3席占領できるか?!たまには外の写真を撮りたいので、窓側に移動すると、私が元いた席に男性が座ってきた。どうも後ろの座席が3席全部埋まっているので、移動してきたようである。残念!

機内から見たヒューストン空港 ヒューストンより離陸

出発は16時。だが滑走路が混みあっているのか、離陸待ちをしていたようで、15分ほど遅れて、ヒューストン国際空港を出発する。
離陸してすぐ、エクアドルの入国カードを渡されるが、2枚綴りの複写式。もちろんすべて英語(あるいはスペイン語)である。ガイドブックには、日本語訳を添えたものが記載されているが、記入例まではない。「IDのType」って、何を書けばいいのだろう?他に思い当たるものがないので「Passport」と書く。(結局、何も指摘されなかったから、これでいいらしい。)

これまたマズい機内食 翼に光が当たる

軽食には、サンドイッチと申し訳程度の生野菜サラダが出たが、とてもまずい。そして、ヒューストンまでの寝不足を解消するかのごとく、数時間のフライトをほとんど寝て過ごす。しかし、この便の乗客のほとんどは、ラテン系なエクアドル人なのか?とても騒がしい。「サントリーニ島に行くときの便もこんな感じだったなぁ。」と思い出す。




バゲージクレームで途方にくれる(初日・ヒューストン〜キト)

機内より夕日5時間ほど経過した頃…「まもなくキトに到着します。」というアナウンスが流れる。英語とスペイン語でしか放送されないので、断片的にしか分からないが、キトの情報しか言わないところを見ると、今日は大丈夫なようだ。

キトはアンデス山脈の中腹にあり、標高2850メートルという高山にある都市。特に早朝、深夜は濃霧の影響を受けやすく、パイロット泣かせの空港として有名で、離着陸できなくなることも少なくない。

私を乗せた便は、さらに高度を下げ、ビルの真横を突っ切っていく。空港がキトの街からとても近いことは知っていたが、本当に近くで驚いた。

まるで昔の香港国際空港のようである。(カイタック国際空港と言い、街中から車で10分ぐらいのところにあり、まるで新宿通りに着陸するようだった。)

時刻は私の時計で21時30分。これはヒューストン時間なので、定刻なのか?そうでないのか?分からない。しかし、早く到着することはあまり考えられないので、22時30分ぐらいだろうか?完全に機体が止まったのは22時45分。定刻より20分遅れなのは、天候のせいではなく、ヒューストンからの出発が遅れたからだろう。

とうとう私は地球の裏側にやってきた!!

マリスカル・スクレ国際空港機内を出て、イミグレーションに向かうと、世界はまだクリスマス。25日を過ぎると、一気に「年末モード」に突入する日本と違い、エクアドルはキリスト教国だからか?客室乗務員も「Merry Christmas!」というぐらいで、まだまだクリスマス気分が残っている。

キトの第一印象は「空気薄っ!酸素すくなっ!!」である。
酸欠の水槽に入れられた金魚の気持ちが分かるような気がした。

そして、このマリスカル・スクレ空港は、「一国の首都の表玄関」という割にはやけに小さく、イミグレのブースも少ない上に、全部開いていない。

そこに無秩序に人々が並んでおり、長蛇の列を見てるだけでくらくらしてきた。(妹が)「きっと今頃、待ってるだろうなぁ〜〜。」と思いつつ、連絡も取りようがないので、ひたすら自分の順番を待つ。

それにしても、エクアドルの人達は小柄だ。男性でも、ブーツを履いて170pちょっとの私より低かったりする。ばあさんでも私より頭1つ分大きいノルウェーと正反対だ。

待つこと1時間ほど…。また入国審査は事務的に処理される。パスポートと入国カードの複写を返され、「用は済んだから、さっさと行け。」と言わんばかり。マリスカル空港のイミグレこの入国カードは、きっと帰国時に戻すのだろう。しかし、単にパスポートにはさんでいるだけなので、気を付けないとなくしてしまいそうだ。さらに、荷物受取所に行くと、私が乗ってきた「ヒューストン・CO638便」の表示がない!どのターンテーブルにもない。

この中から私のスーツケースを探せ…と?!

そんなに広くない受取所ながらも、一瞬かなり途方にくれた。しかし私のスーツケースは、イミグレを出てすぐのところに置いてあり、すぐに見つかった。(到着してからかなり時間が経過しているので、ターンテーブルから下ろされたようだ。)これでやっと空港の外に出られる!

…と思ったら、もう時刻は23時30分。

税関を出ると、妹が「お疲れさ〜〜ん。」とぬっと現れた。(笑) しかし、一緒に来てくれるはずのエドウィンは1日勘違いし、かわりに隊員仲間とその友達が一緒に来てくれたらしい。

「あのガキャ〜、1日間違えやがった!簡単にメモリースティック渡したらいかんで。」と妹は怒っている。私がエクアドルに来るにあたって、エドウィンは「4GBのメモリースティックを買ってきて欲しい。」と言った。妹曰く「真面目すぎて面白くない。コイツは本当にエクアドル人か?身体の中に“日本人”が入っていても驚かん。」と言われた彼も、やはりなんだかんだ言ってラテン系か…。(苦笑)

エクアドルのタクシーは、日中はメーター制だが、19時30分以降は交渉制となるらしい。空港ビルを出てすぐのタクシー乗り場で、妹が運転手と交渉し5ドルとなる。そして、本来は2.5ドル程度の距離らしいが深夜だし、私の知っている限りでは、どこの国でも空港からは高い。それにしても、妹の口からスペイン語がでるのは、なんだか不思議だ。そして、渡航して1年以上も経つと、かなり話せるようになるもんだなと思う。

今、キトの夜空は雲一つなく、スッキリと晴れている。しかし、私が到着する1時間か1時間半前には雨が降り、かなりガスっていたらしい。妹はグアヤキルの隊員に、「もしかしたら迎えに行ってもらうかも。」と連絡を取っていたようだ。山の天気は変わりやすいということか。

私が「この空港、本当に街中にあるね。」と言うと、飛行機の離着陸時はうるさくて聞こえないので、授業を中断するらしい。ちなみに2009年には移転する予定になっているが、まだ更地で全く工事も進んでいないので、「絶対無理だ。」という。…と言うか、2009年って、、、関空やセントレアが、開港までに何年かかったと思ってるのか?!(苦笑)

車窓から見るキトの街は、全く人通りがない。治安が悪いからか?それとも年末だからか?はたまた両方か?
空港から走るほど15分ほどで、協力隊の連絡所があるマンションに到着する。道路をはさんで向かいにあるカロリーナ公園には、サッカーができるグランドがいくつもあるようだが、夜は強盗が出るらしい。「広くて見通しの悪い公園は治安が悪くなる。」と言うのは、どこも変わらないものだなと思う。

連絡所のキッチン 連絡所からのキトの夜景

今夜はこの連絡所に泊まる予定だ。あと数時間後にはガラパゴスに向けて出発するのに、ホテルは勿体無い。(経費節減に徹する旅行である。)だが、4泊全部となると、ひとりでいる方が気楽なこともあるので、ガラパゴスから戻った後はホテルに滞在予定である。

マンションの入り口には警備員がおり、連絡所は例えるならば、ドミトリーのような雰囲気。上層階にあるおかげで、夜景がとてもキレイに見える。常時何人かの隊員が滞在しているようだ。一緒にガラパゴスに行く隊員のIさんとSさんはまもなく任期終了で、旅行後には帰国するらしい。

もう時刻は夜中の12時だが、まあムーズな方だろう。(公用旅券を持つ妹たち協力隊員は、あまり待たずして入国できるらしい。)妹に渡すものとお土産を渡し、かなり荷物をスッキリさせた。そしてスーツケースは、ガラパゴスから戻ってくるまで、ここに置かせてもらうことにする。

シャワーを浴びて、明日の準備をし、しばらく喋っていたが、なんだか動悸がする。これが高山病か?!明日の起床は朝の5時。時刻はすでに夜中の1時30分を過ぎ、眠いのか眠くないのかよく分からないが、少しでも眠ることにした。