沖縄戦とは何だったのか?(沖縄・4日目)


バスは、ひめゆりの塔に向けて走り続ける。時々乗客を乗せるが、もしかして、私とみのむちくんが来なかったら、この人たちはみんな待ちぼうけか??

だが、やはり日本。この後もずっと同じ路線を利用したが、わりと正確に運行されている。糸満バスターミナルを出発して、およそ20分ほど経った頃、ひめゆりの塔に到着。タクシーの運ちゃんの話から、バスの運行本数がかなり少ないことが分かったので、次のバスの出発時間もチェックする。今からちょうど1時間後。

ちょっと早いが、軽く昼ごはんを食べてから、ひめゆりの塔に入ることにする。バスの停留所の近くには、観光名所らしく、お食事処と観光バスの駐車場がいたるところにある。そういう店を避けて、ちょっと奥まったところにある沖縄そばの店に入る。
沖縄そば
いわゆる観光客用の店は、「混んでそうだからイヤ。」というのもあるが、沖縄のぜんざいが食べたいから。そういう「甘味処」は、この手の店にしか置いてない気がする。

ところが、その店のメニューにはなく、あきらめて沖縄そばだけを頼む。客は、私とみのむちくんしかいない。土産物屋も兼ねているようだが、置いてあるのはうっすらとホコリのかぶった商品ばかり。そんなに待たされず、沖縄そばが来た。

初日に入った店もそうだが、沖縄では七味唐辛子ではなく、「島唐辛子」(コーレーグス)を使うらしい。島唐辛子とは、一般的には唐辛子を泡盛でつけたもの。

この唐辛子は、めちゃくちゃ辛いと評判だが、唐辛子自体を食べるわけではないので、タバスコほどではないと思う。沖縄では定番の調味料らしい。

当然、沖縄そばにピッタリで、うどん、パスタ、ピザにも使うようだ。みのむちくんはこの味が結構気に入って、昨日ダイエー那覇店で買った。(お土産屋より、そういう店の方が安くて新しいから。)

20分ぐらいで食べ終わると、ひめゆりの塔に向かう。ひめゆりの塔とは、沖縄県立師範学校の女子生徒生徒222人、教師18人で構成された従軍看護隊「ひめゆり学徒隊」の犠牲者を祀る塔のこと。

ちなみにこの「ひめゆり」というのは、別に花の名前から取ったわけではないらしい。沖縄県女子師範学校と沖縄県立第一高等女学校にはそれぞれ校友会誌があり、師範学校は「白百合」、第一高女は「乙姫」という名だった。

両校が併置されることによって、校友会誌もひとつになり、両方の名前の一部をあわせて”姫百合”となったそうだ。そして、ひらがなで「ひめゆり」を使うようになったのは戦後らしい。

校友会誌から名前を取った「ひめゆり学徒隊」だが、陸軍病院に動員された240人のうち、生き残った人はわずか14人しかいない。しかもひめゆり学徒隊・解散命令後、たったの数日間で100余名の人達が亡くなっている。

突然の「解散命令」に絶望し、当時の日本政府は、投降を許さず「捕虜になると男子は殺される、女子は辱めを受ける前に自決せよ」と言い、逃げることが出来ない負傷兵も、青酸カリ入りのミルクで自決させられたという。

平和記念資料館 平和祈念資料館の中庭

そんな「ひめゆる学徒隊」の歴史や、実際使われていた遺留品、手榴弾などが資料館に展示されている。そして、タイミングさえ合えば、生き残った方々(語り部)の話も聞けるらしい。この日はまだお正月のせいか、話を聞くことはできなかった。ただし、語り部の証言や当時の映像は、いつでも見れるようになっている。

病院とは名ばかりの、ほとんど日が差し込まない、薄暗い防空壕の中。薬も医療器具も全然なく、負傷した兵士達は、気休め程度の治療しか受けらない。

衛生状態も悪いので、回復するどころか悪化して、患部に蛆虫が沸いて、それをとってあげたとか。負傷した手足が壊死し、その毒が全身に回り、敗血症になるのを防ぐために、手足を切断したとか。しかも、薬不足から、麻酔なしの手術が頻繁に行われていたとか。

そして、兵士達の多くは、再び戦場に戻るどころか、生きて故郷に帰ることも出来なかったらしい。敗戦が色濃くなる第二次世界大戦末期の悲惨な状況が、ここに集約されている。

「うわ〜〜〜」というような話ばかりだが、なぜか語り部の話に聞き入ってしまう。だが、またバスの時間が迫り、これを逃せば、次はまた1時間後。なごり惜しいが、バス停に戻ることにする。
平和祈念公園
それでも、定期観光バスで来るよりは、長く滞在したのではないかと思う。(後日、調べてみると、南部周遊コースでのひめゆりの塔観光は、なんと!昼食時間込みで40分。)

次に向かったのは平和祈念公園。
糸満市摩文仁(まぶに)にあり、第2次世界大戦末期の沖縄戦で、最大の激戦地だった場所である。

現在は、とてもだだっ広い公園になっており、ピクニックや凧揚げ、キャッチボールなどをしている人がたくさんいて、地元民の憩いの場になってるようだ。

まず最初に、バス停から一番近くにあった平和祈念堂に行く。世界の平和を願って作ったもので、中に入ると、巨大な大仏のような、平和祈念像がある。そして地下には、各国から平和を祈願してよせられた天然石などの寄贈品がある。

さらに、隣の建物のギャラリーは絵画の展示場となっている。特に有名な画家の絵画があるわけでもなく、沖縄市民の展示会と言ったところか?

平和祈念堂 平和祈念堂の内部

外に出ると、今日は快晴!目の前には、真っ青とエメラルドグリーンの海が広がっている。最終日になって、やっと沖縄らしい風景に出会えた気がした。昨日の万座毛も「沖縄らしい」と言えばそうだが、なんせせわしい印象しか残ってない。

そして、真っ白い壁と赤茶色の屋根の建物と、真っ青な空と海のコントラストが、私の大好きなイドラ島(ギリシャのエーゲ海に浮かぶ島のひとつ)の風景を思い出させる。(後日、イドラ島の写真を見たら、だいぶ違っていたが。苦笑)しかも、「なぜススキ?」と思うが、細かいことは気にしない。(笑)

平和祈念公園から見える海 イドラ島に似ていると思った風景

やはり、南国の建物には快晴がよく似合う。ちなみにその建物とは、平和祈念資料館である。沖縄が戦争に巻き込まれる前、戦中、戦後の復興までの様子を展示してあるらしい。でも、今日は休館で、中に入ることは出来ない。残念!

沖縄県平和祈念資料館 資料館の玄関のシーサー

ここで、そろそろバスの時間が近づいてきたことに気付く。平和祈念公園はだだっ広く、まだ見る場所もあったが、キリがないので、次に向かうことにする。だが、予想外にバス停は遠い場所にあり、私とみのむちくんが乗るはずのバスが、目の前を走り去って行く。





沖縄ぜんざいはかき氷(沖縄・4日目)


まっいいか!

そう思えるのが、個人旅行のいいところ。こんなことなら、先ほどの平和祈念資料館近くにいた男性の写真を撮ってあげたらよかった。どうやら一人旅らしく、「写真撮ってもらえませんか?」と言われたが、「急いでるから。」と断ったのだ。

次のバスが来るまで、まだ1時間近くある。そこで、半分諦めていた沖縄ぜんざいが置いてある店を探すことにする。特にわくわくもドキドキもしない今回の旅行。「グルメ旅行」と割り切って、ひたすら「食い」に徹する私である。(笑)

売店と観光バスの駐車場あたりを歩いていると、昨日乗った琉球バスを発見!どうも「南部を巡るツアー」と同じ時間帯で行動してるらしい。(ただし、2時間滞在した私とみのむちくんに対し、定期観光バスは35分である。)

公園に立ち並ぶ売店 沖縄ぜんざい

売店にはいると、メニューに沖縄ぜんざいを発見!なぜそんなにこだわるかと言うと、沖縄のぜんざいは、いわゆるぜんざいとは違う。甘く煮た金時豆に、白玉だんご、かき氷が載ってる。そして沖縄の方言では一般的に、「氷小豆」のことを「ぜんざい」と言うらしい。

「よく1月に、かき氷なんて食べられるなぁ!」と思われるかもしれないが、やはり沖縄は南国。昨日までは、東京基準で言うと、11月頃の気候であった。(それでも地元民には震え上がるぐらい寒いらしい。)今日は4月頃の陽気だろうか?絶好の行楽日和である。
平和の丘
「ホントに1月か?」と思うぐらいの暖かさで、半袖のセーターでちょうどよいぐらい。だから、この暑さにはピッタリの食べ物である。そして、私の心残りもなくなるので嬉しい。(笑)

さらに乗り遅れついでに、まだ見ていない、平和の丘に行く。ここにも、沖縄戦での戦死者を慰めるための慰霊の塔や、国籍や軍人、民間人を問わず、戦争の犠牲者となった約20万人もの名前を刻印した平和の礎などがある。

沖縄は日本でも有数の観光地であり、リゾート地である。だがこういうところに来ると、「第二次世界対戦の犠牲となった場所である。」ということを、否応なく意識させられる。

だけどここに、「戦争はいけないと思った。」とか「人の命の尊さ」とか、模範的なことを書く気はない。日本人は皆、戦中派はもちろん、戦争を知らない世代も、さらにアメリカと日本が戦争をしたことすら知らない世代も、「戦争の悲惨さ」「戦争はいけない。」ということだけは、まるでDNAにインプットされているかのように思うのだ。

ただ、サイパンやハワイの人達も同じような思いをし、「毎年、日本人観光客がたくさん訪れるのをどう思ってるんだろうか?複雑な心境ではないのかな?」などと、ふと考えてしまった。

平和の礎 同じく平和の礎

さらにここには、それぞれの県ごとにも記念碑があるのだが、そこまで見てると、またバスを逃すので、停留所に戻る。バスは1時間に1本しか来ないが、この1時間が観光の目安にもなったりするんで、タクシーの運ちゃんが言うほどは不自由ではない。

余談だが、現在でも沖縄戦が事実上終結した6月23日は、「沖縄慰霊の日」となっているらしい。この日は公休日で、平和祈念式典が行われ、公共機関や学校は休みになる。だから沖縄にとっては、とても大切な日。特にこの南部では、はしゃぎすぎないよう注意した方がよいらしい。

またバスに乗り、次に辿り着いたのは、おきなわワールド「文化王国・玉泉洞」。(なぜ地元民が「玉泉洞」と呼ぶかというと、2002年より名称が「玉泉洞王国村」から「おきなわワールド文化王国・玉泉洞」に変わったためのようだ。)

ここは、沖縄の文化と歴史を再現したテーマパーク。全長5キロの鍾乳洞「玉泉洞」を中心に、大きく分けると琉球王国城下町、熱帯フルーツ園、ハブ博物公園がある。今日は、新春の宴?みたいな舞を開催していて、なんとなくお正月らしい雰囲気を醸し出している。

おきなわワールド入り口 お正月らしいシーサー

ちなみに入場料は、ハブ博物公園に入場すると、400円高くなる。実は私はヘビが大嫌い。だから「入らなくてもいいや。」と思っていたが、みのむちくんが見たいらしいので、全てに入れる入場券を買う。

そして、帰りの時間をバス停でチェックする。先ほどの平和祈念公園と違い、ここでバスに乗り遅れたら、飛行機の時間もあるので最悪である。

まず最初に「玉泉洞」に入ることにする。するとまた東南植物楽園の時のように、「ちょっと待ってくださいね。」とカメラを持った人が来る。これもまた勝手に写真を撮って、「気に入ったら買ってくれ。」というヤツである。

玉泉洞
玉泉洞の鍾乳石

ちなみに私は、自分の行く先を遮られるのが大嫌い!!ドラクエなどのRPGで、次の街や村を目指して進んでいる時、弱いクセに逃げられないスライムなんか現れた日には、イオナズンでも唱えて、一気に叩き殺したくなる。(分からない人には全く分からない説明ですいません〜。苦笑)

沖縄の観光スポットで、行く先々で現れる「写真屋モドキ」。強引に売りつけないだけマシだが、「いい加減にせえ!」と思う。だから、露骨に不機嫌そうな顔をする私。でもこの人達は、そのぐらいでは全く遠慮しないだろう。